18歳の6年生、オイキの物語
その生徒は怒ったような表情でイスに座り、何の取り組みもしないで、ずっと前を見つめていました。
名前はオイキ。18歳の小学6年生。南スーダンから家族で逃げて来たけれど、父親を病気で失い、今は母と妹弟と、難民キャンプのゾーン3に暮らしています。
うちのスタッフは、この「何もしようとしない」オイキに対してどうしたらいいのか分からず、僕が家庭訪問をすることになりました。険しい道をどんどん進むと小さな集落がありました。お母さんは朝からずっと畑に行っていて不在。弟と妹が出迎えてくれました。流暢な英語を話す弟は高校に通っています。
「兄さんはとにかく勉強を全くしない。テストもただそこにいるだけ」
弟の方が上の学年に進んでいます。これだけ聞くと知的な障がいがあるのでは、と思ってしまいますが、よく話を聞いていくとそうではありませんでした。オイキが話してくれたのです。
「親父はいつもオレを殴ってきた。何をやっても、どうがんばってもいつもオレだけ殴ってきた。そんな中で大きくなってきたオレは、いつの間にか何もやる気がなくなっていた」
実は長期間に渡って、長く傷つけられてきたきた歴史がありました。
「親父が亡くなってからも、その時のことがよみがえるし、何かに集中しようとしてもどうしてもうまくできない」
明らかに複雑性PTSDを疑わせる所見でした。これはワークショップに来ても、何もできないのも当たり前です。
でも実はオイキは学校の先生が推薦してくれて、私たちの活動に入ることになったのです。先生も何か変化が起きるかもしれないと期待してくれているようです。私たちの活動は決して必須ではない、任意の参加です。別に来たくなかったら来ないという選択肢もあります。それでもオイキは来て、何もしないでそこに座っているのです。彼自身も気付いていないけれど、活動に来る意味を感じているのかもしれません。どうするか悩みました。
そこでうちの現地スタッフの筆頭、ハリエットが言いました。
「去年も、何もしないでただそこに来ている生徒がいたんだよ。何もしないけれど、でもそこにいる。ところがあの“はりがねの人生“のワークショップの時、その子は狂ったようにそれに取り組み、自分のこれまでのことを一気に吐き出したんだ。そんなことも経験しているんだ」
それを聞いて僕は決心しました。
「なあオイキ。きみの経験はトラウマと呼ばれるものだ。長いことそれに苦しんで、“自分は何をやってもダメだ“と思ってしまっているんだと思う。でも、そのトラウマに向き合うと、だんだん君自身が自分を取り戻していけると思うよ。だから、もしもよかったら今までの嫌だったこと、辛かったことを、みんなに話してほしいんだ」
そこでオイキはうなずいてくれました。参加は継続です。
何もしないけれど、なぜか来続ける。それにも意味があるし何かを求めている人なのかもしれません。僕たちはこうして、気長にトラウマと付き合うようにしています。オイキが自分らしく、そのことを話せる人になっていくことを願って。
桑山 紀彦
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