NPO法人 地球のステージ
 〒990-2402
山形県山形市小立1-10-30
 TEL:023-625-1182
 FAX:023-625-1206

更新: 2007年12月10日
 
ごあいさつ
ステージの構成です
地球のステージって何?
自主企画です
今後の予定
開催履歴です
プロフィール
写真です
ステージ関連グッズ

 

桑山紀彦プロフィール

岐阜県飛騨高山市生まれ  (山形市在住、既婚)
1975年  高山市立松倉中学校入学
1978年  岐阜県立斐太高校入学
1981年  山形大学医学部入学 在学中:自転車による日本一周を決行(合計12.000kmを走る)

放浪の旅へ出る
その後主にアジア地域を中心に1日$20の貧乏旅行を開始。アルバイト代は全てこれに消える。卒業の時点で17ヶ国を踏破。
 大学時代は「音楽愛好会」というサークルで6年間音楽に専念。作詞作曲、ギター、歌、ヴァイオリンがパート。
 山形市内の等ライヴ喫茶「指揮棒(タクト)」でアルバイト。ステージで歌う日々


クリスマス・コンサート(初めて映像を使う)
1987年  山形大学医学部卒業、同年同学部精神神経科に入局
1988年 山形大学医学部大学院に入学。専攻は精神薬理学
1989年 タイーカンボジア国境の難民キャンプで難民心理の研究開始。同時にJVC(日本国際ボランティアセンター)に所属し、難民に対する救援活動開始(〜92年)
1990年 医師としてベトナム入り。ベトちゃん、ドクちゃんの主治医フォン先生と懇意にし、医薬品を送る(短期)
1991年6月 湾岸戦争直後のイラクに日本人医師としては初めて入り、JVCのメンバーとして緊急救援活動を行う(短期)


バグダッドの小児病院にて
1991年12月 山形県内の急増する外国人花嫁に対する支援事業として「外国人医療情報センター」設立(所長)。同時にJVC山形(日本国際ボランティアセンター山形)創立(設立当時は事務局長)


母国語による健康相談の様子
1992年3月 学位取得。医学博士
1992年7月 AMDA(アジア医師連絡協議会)のカンボジア支援事業総責任者として、カンボジアに医療援助を開始(〜96年末)


カンボジア、コンポンスプー州での地域巡回診療の様子
1993年 米国ハーバード大学と共同研究で世界の難民の精神医学的研究を開始(〜96年)
1994年 オスロ大学附属「心理社会難民センター」留学
1994年
2月
内戦下のソマリアに医療救援活動として入る(短期)


ソマリア、ハルゲイサでの診療活動
1995年
1月
JVC山形として阪神大震災下の神戸市長田区に医療救援活動として入る
1995年
6月
日本で精神を病んだフィリピン人女性の帰国支援プログラムと、フィリピン国内におけるアフターケア事業を開始(終了)


フィリピン事業スタッフと(マニラにて)
1996年10月 旧ユーゴスラビアに入り心理社会的ケアプログラムに関わる(〜98年)


サラエボで、JEN(日本緊急救援NGO)のメンバー
1999年
1月
JVC山形がIVY(国際ボランティアセンター山形)に改名。同時に代表となる
1999年
6月
IVY、NPO法人化。
2002年
4月
「地球のステージ」独立
2002年
8月
NPO法人「地球のステージ」設立。代表理事となる。
2003年
5月
パレスチナ自治区ラファに事務所を開設。現地駐在員として寺畑由美を派遣。
12〜15歳の子どもたちを集めて歌や踊り、演劇などの活動を行う(継続中)


男の子クラス
2004年
1〜2月
イラン南東部バムにおける地震の救援活動。避難民キャンプの子どもたちにサッカーを通しての心のケア活動を行う。


サッカー大会を開催
2005年
7月
2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震。そのときに発生した津波の被害を受けたスリランカにて、被災者の心のケア活動を行う。


粘土で作った「好きなこと」と「嫌いなこと」
そこからいろんなことを考えていきます
2005年
12月
10月6日にパキスタンで発生した大地震の救援活動を行う。


野外診療
2006年
6月
ジャワ島地震の被災地にて救援活動を行う。
倒壊した建物から廃材を拾ってきて、打楽器として再生する「打楽器ワークショップ」を実施。


野外診療

現在継続中の活動

・学校現場を舞台に国際理解講座「地球のステージ」開催中(映像と音楽と語りで織り成す世界の子どもたち)
・東ティモールバイロピテ診療所においての医療支援活動
・パレスチナにおける支援活動
・地震等の被災地での緊急救援活動
・日常の病院における診療


好きなもの:コンピュータ・映画・お寿司
苦手なもの:お酒・納豆

● ひとこと●
私の活動はみな「行政」ではなく、民間のボランティア団体をベースにしたものです。誰でも関われて、政治的なものはなく、もちろん宗教的色彩も一切ない中で、一民間人の医師としてこれまで活動してきました。
私は、最近さまざまなところで話をさせていただいておりますが、私が小さかった頃、「世界」を意識することはじつに大変なことのように思えていましたが、実際にこうして活動をしてみると、誰でもその気さえあれば、さまざまな形で「世界と関わる」ことは可能であると感じております。
世界とのつながりをもつこと、それは「心の中に橋が架かる」ことをどう意識化することかだと思っています。
    

桑山紀彦
2005/05/08現在
このページのトップへ  
copyright 2004-2005 NPO法人 地球のステージ all rights reserved.