熊本地震支援事業

 2016年4月14日、16日に巨大な地震が熊本、大分両県を襲いました。
 それにより阿蘇大橋は完全に崩落。南阿蘇村は孤立してしまいました。
 2011年3月11日の津波による被災以降、九州の皆さまにお世話になってきたという気持ちの強い「地球のステージ」は、この未曾有の災害に対してできるだけのことをやろうということになり、4月20日、南阿蘇村に入りました。

こころの相談室の開設

 南阿蘇中学校体育館避難所の入り口入って左のすみに「こころの相談室」を開設。ゆっくりと被災された皆さまの心に寄り添うべく、支援を始めました。
 1日に2~10人程度の相談の皆さまががいらっしゃいましたが、皆さん止まない余震へのおびえと将来への不安を心に抱えていらっしゃいました。

子どもたちとの活動

 一方避難所に暮らす子どもたちとの交流も始まっていきました。
 まずは「子ども会議」と称して、色んな問題を出し合い話し合いの場を設定。20人を超える子どもたちが集まり、活発な論議をしてきました。そんな中で「あの日に向き合う」ことを目的として、絵を描いたり、粘土細工をおこなってきました。そんな中で出逢ったのが杏太朗君でした。

杏太朗君との出逢い

 杏太朗君の家は全壊。命からがら逃げてきた経験を持つ小学校4年生でした。杏太朗君の記憶にはいくつかの「抜け落ち現象」が認められ、放っておくとPTSDになる可能性を秘めていました。そこでお母さんと話し合い、きちんと地震の日に向き合って記憶をつむぎ合わせる活動を行いました。
 杏太朗君は勇気を出して向き合い、きちんと記憶をつむぎ合わせて「あの日」のことを語れるようになってきました。お母さんとはその後も交流がありましたが、「あの日語れたことで、非常にすっきりして明るくなれた」との感想を頂きました。

学校の先生とのつながり

 一方南阿蘇村の学校の先生、そして保護者の皆さんはどんなふうに向き合うといいのか、子どもたちとどんなふうに接するといいのか不安に思っていらっしゃいました。そこで、「ここ論もケアセミナー」を多数開催しました。ほぼすべての小中学校、保育所が主催して、桑山が行う心のケアセミナーに参加してくださいました。
 その甲斐あってか、その後学校から「対応困難なケースが出た」という報告はありません。早期から適切に対応を図ることで色んなことを予防できるのだと、みんなで学びました。

最後の活動

 5月6日をもって、現場を離れ、現地の仮設事務所も閉じました。それからも地道に交流を重ね、8月8日、南阿蘇中学校体育館で「地球のステージ」公演を行いました。これは世界の災害、そして津波からの復興について編み直した「特別版」の公演でしたが、多くの村の皆さんに集まっていただき、活動の最後を締めるには十分な気持ちの共有を持つことができたと思います。
 これからも積極的に国内外の災害現場において「心のケア」~「心理社会的ケア」の実践を行っていきたいと思います。